cross」 第3

朝食を済ませた二人はいつものとおり、下への入り口付近を中心に彼らの駆除をはじめる。
彼らはすでに下への入り口を知っている。
逆を言えば入り口付近で張り込めば彼らが寄ってくるわけである。
もう長い間彼らと対峙してきた櫂はそれを知ってからはずっとそうしている。
幸い彼らの「足」は遅い。
あのどろどろとした粘液だからだ。
だから滅多に彼らは入り口を見ることすら適わない。
見る前に、櫂に駆除されるからである。

「あ」
そのために入り口へ向かう途中、蒼祢があるものを見つける。
「どうかしたか?」
それに気づき、数歩先を歩いていた櫂が蒼祢の元へよる。
蒼祢は地面にしゃがみこみ、手に持ったものの土ぼこりをとっていた。
手にもっているものは、耳の長い生き物を模った人形。
「ほら、これ・・・・確か"ぬいぐるみ"ってやつだよ。」
それを櫂の目の前にずいっと押し出す。
しかし櫂は険しい顔で
「・・・・・・・・敵か?」
蒼祢はその真剣な声に思わず笑い出す。
自分が笑われていると気づいた櫂は少々しかめっ面をした。
「あははっ・・・・ごめん、違うよ。これは小さい子が遊ぶものだよ。
私も・・・施設の資料でしか見たことないけどね。」
そういって蒼祢はぬいぐるみを抱きしめる。
「・・・・そっか、櫂はずっと・・・。」

"
殺す"ことしか学ばなかったから。

幼いころからずっと訓練ばかりで。
普通の子供が知っていることを知らず、知らないことを知っていて。
そんな中で、自分も、櫂も育ってきた。

まるで機械のように。
必要なことだけを叩き込まれて。

(でも、櫂より私のほうが・・・・)
そう、自分のほうがもっともっと。
何も知らない。何も覚えていない。
何かを思い出したくても思い出せない。

だって私は――――


「蒼祢」

櫂の声にはっとする。
「あ・・・ごめん、ちょっとぼーっとしてた。」
慌てて櫂のほうを向くと、周囲の異変に気づく。
何かが聞こえる。微かだけれど、確実に。
それは一方だけではなく多方から。

自分たちを囲むように。

「どうやら喋ってるうちに・・・・囲まれた。」
その声と同時に彼らが瓦礫の隙間という隙間から這い出てくる。

"
ォォォオォ・・・・・・・・"

彼らの声にならない声が辺りに充満する。
完全に二人は囲まれていた。

蒼祢はこの声が苦手だった。
囲まれたせいでいつもより大きく聞こえる。
少し、足がすくみ頭痛がする。
崩れそうになる体を必死に抑える。
櫂がその様子に気づき、蒼祢を守るように自分の体を前にだす。


何か救いを求めるような、ただ欲を満たしたいような。
そんな声。
遥か昔にも聞いたことがある声。
施設の中で幾度となく聞いた声。

彼らが失敗作と決定された瞬間に始末されるときの声。

身も裂けるような

頭に響く


聞こえなくなっても聞こえてくる
耳を塞いでも聞こえる

助けて



前にも、聞いたことが ある



すぐ傍で

いつだったか思い出せない


思い出せない

自分のことも。
周りにいたかもしれない人のことも。





思い出せない。





「蒼祢!」

体をきつく抱きしめ、俯いていた蒼祢に櫂が叫ぶ。

あぁ
大丈夫、私は大丈夫。

櫂がいるから。

「大丈夫、頑張れるよ。」

少し無理をして笑顔を作った。
でもたったそれだけで、櫂が安心したような顔をしてくれた。
「・・・・いくぞ。」
櫂が銃を取り出す。
「うんっ」


櫂がいるから、大丈夫。
私は、私。

例え

記憶がなくても、怖くない。


二人が動き出すのと彼らが動き出すのは同時だった。

 

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