cross」 第2

蒼祢と櫂が所属する「charged with cross(十字架を背負う)」通称「cross」は
主に社会の平穏を乱さず機械的に維持する組織である。
人々の中には檻に捕らえて逃がさないための看守だ、という意見もなかにはある。
実際""にでられるのは「cross」の一部の人間、"人ではない者"を狩ることだけを教育された"狩る者"か、
狩る者と常にペアを組む防御や回復能力に長けている"守護者"だけである。

人はすべて地下に住んでいる。
模擬の太陽と風と空気を使い、""と変わりなく暮らしている。
出入り口は1つ。
出るためには何十にもなっているセキュリティをくぐるか、「cross」に入るかどちらかしかない。
一般人はすべて例外を認めることなく外には出られない。
例え出られたとしても、"人ではない者""食べられる""cross」によって殺されるか二つに一つ。
"
人ではない者"には「cross」でしか作れない特殊な薬しかきかない。
あれらに囲まれたら、生きながら水分を吸い取られ跡形もなく消えるだけ。
逃げることは不可能。
地上にはもう"人ではない者"しかいないのだから。



昔、人は罪を犯した。

"
"から""を作ろうとした。
結果は失敗。
その失敗が地上のどこにでもいる"人ではない者"

彼らは元""なのである。


人はそれを破棄消去しようとし、彼らの反撃を受けた。
彼らに意思があるかどうかは分からない。
ただ、彼らは人を食べ始めた。


人は住む場所を追われ地下に逃げた。
それでもなお、人から人を作ろうとした。
長い年月をかけ、中には成功もあるが失敗のほうが多数。
失敗したときのためにすぐに消せるように。
人は薬を作った。
彼らには猛毒、人には解毒である薬。

失敗したときにはそれが、雨のように降り注ぐ。
苦しげにその透明な体をくねらせながら、彼らは溶けていく。
彼らに声があったのなら、その叫びは鼓膜を破るほどであっただろう。
しかし、人を作ろうとした者たちは彼らに情などなかった。
ただただ完全な人間を求めて。

結果、人を作ろうとした者たちは皆、彼らに食われた。
跡形もなく存在しなかったように。
それが彼らの復讐だったのだろうか。
次から次へと、研究室から人がいなくなっていった。

しかしそれでは足りないのか、彼らは地下へ進入してきた。
人すべてを食い尽くすまで止まらないかのように。
それを阻止するために「cross」が設立された。
彼らの進入を防ぎ、消去するために。
しかし、人々は外へ出たくない、死にたくないと「cross」に入ることを拒んだ。
そこで「cross」は孤児、もしくは生まれたばかりの子供を高額で買取り、教育することにした。
余計な感情は削除し、ただ彼らを消去するためだけの教育。

櫂はその中の一人だった。

普通、5歳以下の子供が「cross」で訓練を受ける仕組みになっていたが櫂だけは7歳からの教育だった。
孤児だった櫂には、元から感情がなかったから。
幼い頃から感情のコントロールをする必要がなかったからであった。
それでも、周囲は櫂に期待などしていなかった。
しかし櫂はそれをすべて裏切った。
たった1年ですべての訓練を完璧にこなせるようになり、
実践でもその能力を生かし続け傷ひとつ負わずに十数体もの彼らを一人で消去した。
櫂は「cross」で重宝されるようになった。

しかし櫂には地下の「cross」での生活は感情で表すなら「つまらない」ものだった。
極稀に進入してくる彼らを消すだけ。
それ以外はただただ訓練をするだけだった。
地上でなら、常に彼らと対峙できる。
10
歳のとき櫂は地上に出ることを許された。


一人ではなく、必ずパートナーとして守護者が一緒にいた。
何人もの守護者と組んだが、すべて彼らに食われた。
櫂の相手をするのに疲れた者、彼らに怯えながらの生活に耐えられなくなった者、
自らを過信しすぎた者、全員が跡形もなく。
しかしそれでも「cross」は櫂にパートナーをつけた。
それほど櫂は「cross」にとって失いたくないものだったから。
そんな中の一人が蒼祢だった。
蒼祢が櫂のパートナーとなったのは櫂が12歳のとき。
いつもと同じだと櫂は思っていた。

どうせ、すぐに死ぬのだろうと。

だから興味も全くなかった。
ただ、珍しく「cross」からこの守護者だけは死なせてはいけないと命令された。
その命令でその守護者がどれだけ「cross」に大事な人物かはわかった。
それでも、名前すら聞かなかった。
覚えていても意味の無いものだったから。
命令ならば、ただ遂行するだけ。

「櫂くん?君がそうだよね。初めまして、蒼祢っていいます」

そう言って、ふわりと笑う彼女を見るまでは。
ずっとそう思っていた。
櫂の中に何かが生まれたのがわかった。
得体のしれないもの。今まで持ったことの無いもの。

「あれ?違うのかな・・・?」

それに戸惑っていると、蒼祢が困った顔をする。

「・・・・あのー・・・・?」

本当に不安気な顔で、櫂の顔をのぞいてくる。
櫂は得体のしれないものを、どうにかしたかった。


「あんた、誰?」


そう口にした途端、心底ほっとしたような顔を今でも覚えている。


櫂はその日、蒼祢と出会った日。
初めて「興味」というものを知った。

 

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