「ねぇ、起きて」

いつもの彼女の声が聞こえる。
もう何度、彼女とこうしてきたのかわからない。
それが鬱陶しいとも思わない。

「ねぇ、朝だよ」

この世界で、唯一の         


cross


「ねえってばー」
蒼祢は毎朝毎朝、彼を何十回と呼んで起こしていた。
今日はまだ3回目。
まだまだ、これからが長い。
「もうっ、朝ご飯食べちゃうよ?」
これも毎朝のお決まりの台詞。
それでも布団にくるまれた身体はぴくりともしない。
いつもなら。
「・・・・・・・起きてる。」
布団から一人の少年が起き上がる。
いかにもまだ眠そうな顔と雰囲気を出しているが、意識ははっきりしているようだった。
ひとつ欠伸をしてから、蒼祢の様子に気づく。
「・・・・・そんなに珍しいか?」
蒼祢はたったの4回で目を覚ました彼に驚きその場で固まっていたのであった。

+++

「あははー・・・だって、櫂ってばいつもは蓑虫のごとく布団から出てこないからぁ」
ようやくショックから立ち直った蒼祢は朝食の用意をしながら、自分が起きたことがまるで奇跡のごとく言われて少々機嫌を悪くしている彼櫂のご機嫌をとっていた。
「だからってそこまで驚かなくても・・・・・」
着替えをすました櫂はいつもの席につく。
料理からその支度まではすべて蒼祢がこなす。
櫂にはそういう技術は全く皆無だった。
「ごめんってば。ほら、ウィンナー、1本サービスするから、ね?」
その言葉どおり、櫂の皿の上にはいつもは2本が3本になってる。
「安いサービスだな・・・」
軽く手を合わせ、食べ始める。
「なんなら私のもあげようか?」
蒼祢も自分の席につき、箸をもちウィンナーを櫂の皿へ移そうとする。
「いい、ありがとう」
そう蒼祢の好意を止め、食事を続ける。
が、櫂が箸をとめた。
そうして蒼祢の背後の壁を凝視する。
「ん?どうした・・・」
それに気づいた蒼祢が顔をあげた視線の先には、銃を片手にかまえた櫂がいた。
顔つきは先ほどまでの気だるそうな表情ではなく険しいものだった。
その顔を、蒼祢はよく知っている。

そして次の瞬間、銃声。
二人で住むには広すぎる部屋に響き渡る。

その音に反射的に肩をすくめ、目を閉じる。
銃声の響きがなくなってからそっと瞼をあげる。
自分が撃たれたわけではない。
櫂が凝視していた自分の後ろの壁をみる。
そこには蒼祢が思っていたものがある。

溶けかかっている、何か。
その体は薄い緑色をしていて、透き通っている。
しかしその中には濁った緑色のものが混じっている。
ちょうど中心のあたりに。
そこが「これ」の動く元の部分。
「これ」にとって大事な部分に刺さっている、一見注射器に似ている物質。
その物質の中には「これ」を溶かしただの水分にする薬品がはいっている。
発砲し、「これ」にかすりでもすれば薬品がすぐさま「これ」の中へ進入し中から分解する。
「これ」らにとっては猛毒なのである。

「ほぇ・・・ありがとう、気づかなかったよ」
その異常な光景をいつものことのように平然としている。
櫂もまた、同じだった。
「これ」が完全に溶けてしまってからようやく銃をしまう。
「いい。俺はお前を守ることも仕事だから。」
そう、櫂は決して自分自身の思いで蒼祢を守ったわけではない。

櫂には感情がほぼないのだから。

蒼祢はそれを知っていた。
知っているからこそ、悲しげで辛そうな顔で
「そうだね・・・」
それしか言うことができなかった。





この世界には、蒼祢と櫂の二人だけ。
そして、「人ではないもの」だけが存在している。




この世界は

いつから壊れてしまったのだろうか。



蒼祢はふと外をみる。
いつもと変わりない。

空はつねに厚い雲に覆われ黒く。
地面には建物があったはずの、跡。
そして瓦礫。

地上に、人は二人。





そんなとうに壊れてしまった世界に。
まだ人は、望みをかけている。

壊れてしまったものは戻らないことを
心はわかっているのに、頭では否定しながら

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